
茨城県笠間市が生んだファンタジスタ野沢拓也。
鹿島アントラーズユース出身の選手です。
高校生の頃から大注目されていた野沢拓也
1999年にトップ昇格していますが、このとき野沢拓也は高校3年生。高3にしてトップ昇格は異例で、それだけ野沢の実力をアントラーズは買っていたことがうかがえます。
素晴らしいパスセンスとシュートセンスを持ち、才能あふれる野沢。
しかし当時の鹿島アントラーズの中盤には、本山・小笠原・中田・ビスマルクといったスーパースター達が君臨していました。
そんな中でも野沢は4月に出場を果たし、17歳7か月30日というクラブ最年少出場記録を打ち立てています。
その後は控えに回る時期が続きましたが、7年目となる2005年からレギュラーに定着するようになります。

鹿島アントラーズのリーグ戦3連覇に貢献した野沢
鹿島アントラーズの3連覇(2007~2009)にも貢献してくれました。1度だけではありますが日本代表にも選出された経験があります。
私が印象に残っているのは、後ろからの浮き球のパスをボレーシュートでゴールを決めたこと。
「あのような芸当は野沢にしかできないだろうな」と当時は思っていました。横からのパスならいざ知らず、後ろからですよ。凄すぎです。
ここで野沢拓也のそのシュートをご覧ください。ちなみに野沢のゴールは2位(6分10秒くらい)です。
鹿島アントラーズには2014年の途中まで在籍し、その後はヴィッセル神戸・ベガルタ仙台で活躍しました。
2018年はオーストラリアでプレーすることが決まったみたいです。まだ35歳ですし、現役を終えるのは早すぎますね。
でもいずれは、鹿島に戻ってきてほしいです。コーチでもなんでもいいいので。
