石井正忠(元鹿島アントラーズ)の現役時代のプレースタイルは?
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鹿島アントラーズの石井正忠と聞くと、今では多くの人が監督のイメージが強いと思います。

それもそのはず、鹿島アントラーズの監督に就任してからすぐにナビスコカップのタイトルを獲得し、翌年にはJリーグのタイトルも獲得したんですから。

そして、記憶に新しいクラブワールドカップでの準優勝。レアルマドリードに勝てるかもと、日本中が鹿島アントラーズを応援したのは初めてことでした。

ここでは監督として功績を残した石井正忠の、現役時代のプレースタイルなどを紹介します。

初期の鹿島アントラーズを支えた石井正忠

もちろん監督としての実績も素晴らしいのですが、現役時代にも鹿島アントラーズにとって石井は欠かせない選手でした。

ジーコが日本に来た時から住友金属に所属していた石井正忠。Jリーグ開幕時の1993年からバリバリ活躍した選手です。

特に印象深いのは1993年ファーストステージの七夕優勝の試合です。相手は浦和レッズ。

得失点差で2位と大差があったため、この試合に勝てばほぼ優勝が決定する試合でした。

この試合をボランチで出場した石井は先制点となるミドルシュートを決めています。この得点で勝負が決まったも同然。

ハッシー
ゴールにパスをするような優しいシュート。素晴らしい!

そのあと黒崎が追加点をあげて2-0でアントラーズの勝利。

見事に優勝を決定的としました。現役時代の石井は1993年(ファーストステージ)の優勝に大きく貢献してくれたんです。

相馬の穴を見事に埋めた石井

1990年代後半になると年齢的な問題や台頭する若手に押されて、数年前に活躍した石井といえども出場する機会が徐々に減少。

ここで石井正忠にとって絶好のチャンスが訪れます。

1996~1998年にはアントラーズは秋田相馬名良橋と4バックのうちの3人が日本代表に選出。

代表戦があるときにJリーグの試合が行われることもあったため、鹿島アントラーズはかなり厳しい戦いを強いられていたんです。

このときに相馬直樹のポジション(左サイドバック)に入ったのは、かつてボランチで活躍した石井正忠。

もともといたのは日本代表でも活躍している相馬なので、石井の力が劣るのは当然と思われていました。

しかし石井はこの試合で大活躍をします。左サイドでボールを受けるとドリブルで何人もかわしていったんです。

ハッシー
実況の人も石井がここまで活躍するとは思わなかったのか「相馬に負けてない」と連発してました。

この試合は点は取られましたが攻撃力が爆発して5-3で勝利しています。

引退後はコーチ・監督に挑戦

引退後の石井は鹿島アントラーズのコーチそして監督として、私たちの記憶に残る試合を見せてくれました。

しかし残念ながら石井監督は、ACLの敗退が決まると即解雇されてしまいました。個人的に昨年(2017年)の監督解任は解せない部分はあります。

ハッシー
ACLでは敗退したけどJリーグでは上位だったじゃん。酷すぎでしょ!

フロントの判断が正しかったのかどうか......。結果論ですが昨年は無冠に終わっているわけですし.....。

まあ終わったことを言っても仕方ないので、今は大宮の監督として頑張っている石井正忠監督を応援するだけです。

大宮が1年でJ1に復帰して、来年アントラーズと真剣勝負がしたいです。

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