
ヴェルディ・マリノス・ジェフ・エスパルスと渡り歩いてきたマルキーニョス。その男が次に選んだチームは鹿島アントラーズでした。
ここでは3連覇の大きな立役者「マルキーニョス」を紹介します。
マルキーニョスがいなかったら鹿島アントラーズの3連覇はなかった
シュートセンスと抜群の決定力を持つマルキーニョスは、それまでのクラブ同様アントラーズでも大車輪の活躍を見せます。
2007年には14点を奪いJリーグ制覇に貢献。
2008年には21点を奪いJリーグ連覇と得点王のタイトルも手に入れます。
意外にも思えますが、鹿島アントラーズから得点王となったのはこのときのマルキーニョスだけです。
そして2009年にも13点を取りJリーグ3連覇の大きな立役者となってくれました。
鹿島アントラーズ最後の年となる2010年にも11点取っています。
鹿島アントラーズに在籍した4年間ではすべて2桁得点をマークしており、得点力の高さをいかんなく発揮してくれました。
マルキーニョスがいなければ、鹿島アントラーズの3連覇はなかったのは間違いありません。
もっと長く鹿島アントラーズにいて欲しかったのですが、残念ながら2011年に移籍してしまいます。

マルキーニョスが持つJリーグ記録とは?
鹿島アントラーズを退団後も横浜マリノス・ヴィッセル神戸で得点を重ね、Jリーグ通算得点では外国人1位となる152得点を決めています。
ですがヴィッセル神戸在籍時に監督のネルシーニョと衝突したことで、その後すべての試合に出れなくなってしまいます。そのシーズン中に母国のブラジルに帰国してしまいました。
こうしてサッカー人生を終えてしまったマルキーニョス。華々しい時期がありながらも、このような最後となってしまったのは残念で仕方ありません。
鹿島アントラーズにいれば、このような最後にならなかったのは間違いないでしょう。かつて鹿島アントラーズで大活躍してくれた選手なだけに、ヴィッセルとネルシーニョは許せません。
