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柳沢敦と聞くとサッカーを知らない人からしたら「梨花との熱愛が話題になったサッカー選手」というイメージの人も多いかもしれません。

でもアントラーズファンは違います。

鹿島アントラーズのストライカーといえば、まず最初に思いつくのは柳沢敦というほど、鹿島アントラーズの歴史を見ても別格のFWでした。

ここではそんな柳沢敦について紹介していきます。

柳沢敦は鹿島アントラーズで大活躍

柳沢敦の出身高校は「富山第一高校」です。高校時代から柳沢は大注目の選手だったんです。

高校3年の時の高校選手権では、ほとんど柳沢だけの活躍でベスト8まで上り詰めています。

その後、出身高校の富山第一高校は、いい選手が多く加入し全国制覇を成し遂げています。

1996年に鹿島アントラーズに入団した柳沢敦。なんとルーキーイヤーに4試合連続ゴールという記録を打ち立てます。

3年目の1998年にはリーグ戦だけで、22得点を決めています。

鹿島アントラーズでの活躍もあり、オリンピック代表や日本代表にも選ばれ大活躍したことは、今でも鮮明に記憶に残っています。

特に1999年のシドニー五輪予選のときは、間違いなく柳沢敦のチームでした。

「柳沢がピッチにいるのといないのとでは全く別のチーム」と思えるくらい柳沢不在が目についたんです。

勝手な憶測ですが、柳沢がサッカー選手としてのピークはこの時期だったんじゃないかなと思っています。

ハッシー
シドニー五輪の時の柳沢は、他の選手とは別次元でした。

柳沢敦と梨花にまつわるお話

ただ、柳沢敦を語るうえで言いたくはないけど言わなきゃならないことがあります。覚えている人も多いと思いますが、それは1999年シドニー五輪の予選中に起きた出来事。

柳沢は予選中に無断でチームを抜け出し、当時恋人だったタレントの「梨花(りんか)」と密会。

柳沢のこの行動は熱愛報道として各マスコミは大きく取り上げます。

そりゃそうです。だってシドニー五輪代表エースストライカーの熱愛なんですから。かなりの大問題となり柳沢は一時、代表に呼ばれなくなってしまいました。

これが原因で、柳沢は極度の大スランプ。まったく得点が決められなくなりました。

私も当時のことは鮮明に覚えていますが、ここまで変わってしまうのかと驚いたほどです。そして、熱愛相手の梨花に対して憎悪の気持ちも湧いてきました。

でも今思えば、梨花はまったく悪くありません。柳沢自身が招いたことなんですから。自業自得ってやつです。

それにしても梨花との熱愛報道以降のスランプぶりは異常でしたよ。素人目にも分かるくらいに、大スランプに陥りましたから。

それでも柳沢はそのスランプから見事に抜けだし、本番のシドニーオリンピックでは活躍してくれましたね。

ハッシー
このこともあり梨花の代名詞は「さげまん」となってしまいました(笑)

スランプを抜け出した後は再び大活躍

ところでシドニーオリンピックの代表メンバー覚えてますか?実はもの凄いメンツだったんです。

楢崎・中澤・松田・森岡・宮本・稲本・中田英寿・中田浩二・明神・中村俊輔・柳沢・平瀬本山・高原・・・

このメンバー、ヤバくないですか。全員22歳以下ですよ。その後のA代表で活躍する選手たちがゴロゴロいます。

小笠原・小野・遠藤といった選手が外れるほど、タレント揃いの超豪華メンバーだったんです。

シドニー五輪ではFWは柳沢敦を軸として、高原や平瀬と2トップを組みました。メダルが狙えるほどの最強軍団でしたが、準々決勝のアメリカ戦でPK戦の末涙を飲みました。

オリンピック後の柳沢は、イタリアのサンプドリアへの海外挑戦を経験した後、再び鹿島アントラーズに帰ってきました。

鹿島アントラーズでは柳沢自身11個のタイトルを獲得しています。柳沢のおかげで勝てた試合は、数え切れません。

それくらい、柳沢は鹿島アントラーズに多くの勝利と得点をプレゼントしてくれたんです。

ハッシー
柳沢の存在感はハンパなかったです

京都へ移籍!そして鹿島アントラーズのコーチへ

2008年に興梠田代といった若手の台頭もあり、柳沢は出場試合が減少。これもあり、京都サンガへと移籍をします。

柳沢はここでも大活躍。一躍京都サンガのエースとして君臨します。その後はベガルタ仙台に在籍して現役生活にピリオドを打つこととなりました。

引退後の柳沢敦は、現在アントラーズのコーチとして活躍してくれています。柳沢がコーチだったら、アントラーズのFW陣は得るものが大きいでしょうね。

それではここで柳沢敦のスーパープレーの数々をご覧ください。

中村俊輔はこう言います。

「サッカー人生の中でヤナギさんほどパスの出しやすいFWはいない」と。

日本を代表するファンタジスタ「中村俊輔」にここまで言わせる柳沢敦。数十年に1人の逸材と言っても大げさではありません。それほどの選手だったんです。

オフ・ザ・ボール(ボールを持っていないとき)の動きをジーコから徹底指導された柳沢敦。現在では柳沢の動き出しは「ヤナギ出し」と呼ばれています。

ハッシー
柳沢の名前がつくほど動き出しは群を抜いてました

柳沢敦のイメージはなぜ悪い?

くどいようですが、本当に柳沢敦というサッカー選手は凄まじい選手だったんです。でも、2006年のワールドカップの話もしないわけにはいきません。

ジーコが監督を務めた2006年のドイツワールドカップ。この大会のクロアチア戦で柳沢は目を疑うようなミスをしてしまいます。

ゴールキーパーのいない、がら空きのゴールに流し込むだけのところで、まさかのシュートミス。今思い返しても考えられないようなシュートミスです。

そのときの動画がこちら↓

ワールドカップという大きな大会だけに「柳沢と言えばクロアチア戦のシュートミス」というイメージを持つ人も少なくありません。

本当はすごい選手なのに。私としては悔しくて悔しくどうしようもなく悔しいです。

そして、サッカーと直接関係のない梨花との熱愛報道のイメージを持つ人も多いです。柳沢にマイナスのイメージがついてしまったのは本当に悔しいですね。

でも、今さら嘆いていても仕方がありません。柳沢は現在鹿島アントラーズのコーチです。

そしてゆくゆくは、監督として鹿島アントラーズを優勝に導いてくれると信じるしかありません。

絶対にそれができる男ですから。過去のマイナスイメージを払拭できるような活躍を、今後の柳沢には期待したいところです。

ハッシー
私にとって柳沢敦という男は、生涯忘れることのできない偉大なサッカー選手なのだけは間違いありません

追記

柳沢敦コーチが無断でチームを抜け出し不倫。自らコーチを辞任しました。
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