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昨年の1ステージ制から、1997年はまた2シーズン制となりました。コロコロ方式が変わるので、Jリーグが迷走していた時期と言えそうです。

プロリーグが始まって数年しかたっていないので、それも仕方ありませんけどね。

1997年にはヴィッセル神戸が加わって合計17チームでリーグ戦を戦います。

チーム数が増えた影響から、ステージごとにホーム&アウェー方式が変更されて各チーム1試合ずつの対戦となりました。

なので1stステージに16試合、2ndステージに16試合という形です。

そして1997年は17チームということで、Jリーグの歴史上最初で最後の合計チームが奇数という珍事が起こっています。

このため、各節どこかしら1チームは試合がないということが起こった年でもありましたね。

ハッシー
Jリーグがある日に試合をしないチームがあるなんて今では考えられませんね

また、勝ち点は90分勝利が3ポイント、Vゴール勝利が2ポイント、PK戦勝利が1ポイントで負けたら0ポイントというシステムに変更になっています。

Jリーグ

1stステージ

1997年ファーストステージの順位表

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
1 神戸 H 5-2 マジーニョ3・柳沢・ビスマルク
2 名古屋 A 2-0 マジーニョ2
3 横浜F H 1-0 名良橋
4 磐田 A 2-1 マジーニョ・眞中
5 H 0-4  
6 浦和 A 3-1 ジョルジーニョ・秋田・長谷川
7 G大阪 H 1-2 マジーニョ
8 V川崎 A 1-1(3-2) マジーニョ
9 京都 H 4-0 マジーニョ・ビスマルク2・秋田
10 市原 A 2-0 増田・ビスマルク
11 平塚 H 2-1 ビスマルク・ジョルジーニョ
12 横浜M A 3-0 マジーニョ・ビスマルク・黒崎
13 清水 H 0-1  
14 広島 A 3-2 ジョルジーニョ・眞中・柳沢
15 福岡 H 2-0 増田・ビスマルク
16 C大阪 A 1-0 マジーニョ

鹿島アントラーズが優勝しました!!!

ジーニョ・エバイール・サンパイオというセレソントリオを擁したフリューゲルスに苦しめられながらも、最終的に頂点に立ったのは鹿島アントラーズです。

見事1997年チャンピオンシップ出場の権利を獲得しました。

この記事を書いてて知りましたが、ヴェルディが16位というブービー賞だったんですね。

ハッシー
ヴェルディ時代、終焉の予感……

2ndステージ

1997年セカンドステージの順位表

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
1 福岡 A 3-1 ビスマルク・柳沢・黒崎
2 神戸 A 5-0 眞中・OG・黒崎2・柳沢
3 名古屋 H 7-0 黒崎2・ビスマルク・秋田・マジーニョ2・長谷川
4 横浜F A 3-5 ジョルジーニョ・柳沢・マジーニョ
5 磐田 H 2-0 黒崎・長谷川
6 A 5-3 黒崎・マジーニョ・ジョルジーニョ・柳沢2
7 浦和 H 1-0 ビスマルク
8 G大阪 A 1-0 マジーニョ
9 V川崎 H 5-0 マジーニョ2・黒崎2・増田
10 広島 H 2-1 長谷川・マジーニョ
11 京都 A 2-3 柳沢・増田
12 平塚 A 5-2 マジーニョ2・長谷川3
13 市原 H 2-1 ビスマルク・黒崎
14 横浜M H 2-1 マジーニョ・室井
15 清水 A 0-2  
16 C大阪 H 1-2 増田

2ndステージはジュビロが優勝しました。このときはまだ、1stステージと2ndステージの両方を制しても年間チャンピオンにはなれない仕組みでした。

そのため、鹿島アントラーズの選手たちもモチベーションを保つのが難しかったと思われます。

仮に2ndも鹿島アントラーズが優勝していたら、1stの2位チームと2ndの2位チームが対戦して、勝ったチームとアントラーズがチャンピオンシップを行うというレギュレーションだったんです。

今考えたら、かなりおかしな話ですよね。

ちなみにこれは、のちに変更になり1stと2ndで1位のチームは無条件で年間チャンピオンということに変わっています。

ハッシー
そりゃそうでしょ。
だって1st優勝チームはモチベーションが湧かないもん!

このこともあり、2ndステージの鹿島アントラーズは4位に沈んでいます。

チャンピオンシップ

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
1 磐田 A 2-3 ビスマルク・マジーニョ
2 磐田 H 0-1  

ジュビロに連敗してしまい、年間王者を逃しました。

この時の悔しさったらありません。人生で3本の指に入るくらいの悔しい思い出です。

この頃からアンチヴェルディだったのがアンチジュビロに変わったのは言うまでもありません。

ハッシー
基本的に鹿島アントラーズを脅かすチームが嫌いになります

基本的に鹿島アントラーズを脅かすチームが嫌いみたいです(笑)

1997年の年間順位はこんな感じです。

1997年Jリーグの年間順位表

アントラーズが年間勝ち点では1位です。

でもこの頃は2ステージが当たり前だったので「おかしいんじゃないか!」というような声は出ませんでした.......。

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ナビスコカップ

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
予選  C大阪 H  ●  2-4 マジーニョ・ジョルジーニョ 
予選  浦和  A  △  1-1  長谷川
予選  鳥栖  H  ○  5-0  増田2・柳沢2・名良橋
予選  浦和  H  △  0-0  
予選  鳥栖  A  ○  4-1  長谷川・柳沢・マジーニョ2
予選  C大阪  A  ○  4-3  OG・ジョルジーニョ2・マジーニョ
準々決勝  札幌  A  ○  2-1  ジョルジーニョ・ビスマルク
準々決勝  札幌  H  ○  7-0  ジョルジ・増田・黒崎3・ビスマルク・長谷川
準決勝  名古屋  H  ○  1-0  ジョルジーニョ
準決勝  名古屋  A  △  0-0  
決勝  磐田  A  ○  2-1  秋田・ジョルジーニョ
決勝  磐田  H  ○  5-1  相馬・マジーニョ2・長谷川・秋田

鹿島アントラーズが強さをいかんなく発揮して、初のナビスコカップのタイトルをゲットしました。

特に決勝戦のカシマスタジアムで行われたジュビロ戦は、相手を圧倒して5-1で勝利!

ジュビロに何もさせなく危なげなく優勝をした印象です。決勝2戦目のハイライト動画はこちらです。

ハッシー
決勝で5-1は最高だぜ~!
紙吹雪も凄かったですね。

天皇杯

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
3回戦 順天堂大 H 4-1 マジーニョ・増田・ジョルジーニョ・ビスマルク
4回戦 福岡 H 6-0 マジーニョ2・柳沢・ジョルジ・秋田・長谷川
準々決勝 G大阪 H 3-0 マジーニョ2・ジョルジーニョ
準決勝 東京ガス H 3-1 ジョルジーニョ・ビスマルク・マジーニョ
決勝 横浜F H 3-0 増田・マジーニョ・柳沢

1993年にフリューゲルスに苦杯をなめさせられてから、2回目の決勝へ。その相手は因縁の横浜フリューゲルス。

あの時の借りをきっちり返し、鹿島アントラーズが初の天皇杯のタイトルを獲得しました。

元旦にサッカーの試合を見て、気持ちよく新年を迎えられるという喜びを知ったのがこの時からです。

ハッシー
元旦の決勝戦で勝って優勝すると、今年はいいことありそうと思っちゃいます

アジアクラブ選手権

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
1回戦 イラン・ユナイテッド H 6-1 柳沢2・ジョルジーニョ・黒崎・マジーニョ・ビスマルク
1回戦 イラン・ユナイテッド A 2-1 阿部・長谷川
2回戦 蔚山現代 A 5-1 熊谷2・マジーニョ2・長谷川
2回戦 蔚山現代 H 1-1 マジーニョ
準々決勝リーグ 浦項製鉄 - 1-2 ジョルジーニョ
準々決勝リーグ F&R - 3-0 鬼木・鈴木2
準々決勝リーグ 大連 - 2-1 眞中2

1997年に初めて鹿島アントラーズがアジアの大会に臨んでいます。アジアクラブ選手権はACLの前身です。

アジア初挑戦はベスト8止まりとなっています。

ハッシー
準々決勝リーグってどういうこと?

スーパーカップ

対戦相手 H/A 勝敗 スコア 得点者
- V川崎 H 3-2 マジーニョ・柳沢2

Jリーグ覇者と天皇杯覇者のチームが対戦するゼロックススーパーカップにも鹿島アントラーズは初めて臨みました。

結果はヴェルディに競り勝ち、見事スーパーカップのタイトルを獲得しています。

ハッシー
ヴェルディに勝っての初制覇!嬉しい~

1997年まとめ

Jリーグ・・・2位
ナビスコ・・・優勝
天皇杯・・・優勝

アジアクラブ選手権・・・ベスト8
スーパーカップ・・・優勝

1997年の鹿島アントラーズは、このような結果となりました。

ナビスコと天皇杯を初制覇。昨年のJリーグと合わせて国内3大タイトル3つを獲ったことになります。

スーパーカップはタイトル数には含まれませんが、獲れるタイトルは何でも欲しいですから嬉しいです。

Jリーグ年間勝ち点では1位だったので、3冠の可能性もあったわけですがジュビロにしてやられてしまいました。

チャンピオンシップの借りは来年きっちり返させてもらうよジュビロさん。

「1997年のアントラーズがクラブ史上いちばん強かったのではないか」という人もいるほど、この時のチームは完成していました。

どちらかとうと、得点力がすごくて見ていて面白かったですね。

ハッシー
32試合で78得点。おそらく鹿島史上いちばん得点力があったチームだと思います。

1997年に加入した鹿島の選手はこちらからどうぞ。

1997年には名良橋やビスマルクといった即戦力が加入しました。

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