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バルセロナオリンピックが開催された1992年。岩崎恭子さんの「今まで生きてきた中で一番幸せ」という言葉が流行語になった年です。

1992年は、鹿島アントラーズというサッカーチームが産声を上げた年でもあります。

ここでは鹿島アントラーズとともに、チームに加わった選手たちを紹介していきます。懐かしい選手たちがたくさんいますよ。

ジーコをはじめ1992年に加入した鹿島アントラーズの選手

ジーコ

やっぱり鹿島アントラーズといえばジーコです。ここまでのチームにする礎を築いてくれたので、感謝しかありません。1993年開幕戦のハットトリックはもはや伝説です

サントス

年齢を感じさせない動きで、チームの勝利に貢献してくれました。鹿島アントラーズと清水エスパルスで活躍した鉄人サッカー選手です。

古川昌明

鹿島アントラーズの初代ゴールキーパーです。日本代表経験もあり、引退後はアントラーズのコーチとしても働いてくれました。

本田泰人

すっぽんディフェンスといえば本田です。ボランチとして、相手チームの核となる選手のマークを得意としてました。キャプテンとしても長く鹿島アントラーズを支えてくれた大きな功労者です。

長谷川祥之

鹿島アントラーズの点取り屋といえば長谷川です。アントラーズでは89点とっており、これはいまだに破られていない鹿島アントラーズのチーム記録です。ヘディングでゴールを決めるのが多い選手でしたね。

黒崎久志

黒崎の名前は「久志」が本名で、Jリーグの登録名は「比差支」です。鹿島アントラーズではもちろん、日本代表でも大活躍してくれました。

石井正忠

主にボランチや左サイドバックとして活躍しました。1993年の七夕優勝の試合では大事な先制ミドルシュートを決めています。鹿島アントラーズの監督としてもJリーグ優勝・クラブワールドカップ準優勝を果たしています。

眞中靖夫

おちゃらけキャラが印象的です。1996年の優勝が決まる試合では2ゴールを決めて勝利に貢献。セレッソ時代には3分間でハットトリックというJリーグ記録も作っています。

佐藤洋平

古川と激しいポジション争いを演じたゴールキーパーです。チャンピオンシップでゴン中山にボールを奪われて失点してしまったシーンがどうしても蘇ってきてしまいます。

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小澤英明

18年もの間、鹿島アントラーズに所属。控えゴールキーパーではありましたが、小沢が控えにいると安心感がありました。

千葉修

杉山誠

1993年の鹿島アントラーズの守備を固めてくれました。

大野俊三

アフロヘアが印象的なディフェンダー。ドーハの悲劇のときの日本代表メンバーでもあります。

大場健史

サッカー実況の人が「大場がオーバーラップしてきた」というダジャレを言っていました。

内藤就行

ボランチとして、相手の目を摘み取ってくれました。

賀谷英司

多くの試合に出場して、鹿島アントラーズの勝利に貢献してくれました。

入井和久

当時、石井と入井どっちがどっち?と思っていたのを思い出します。

根岸誠一

ケガがなければと思わざるを得ません。

赤澤昌美

奥友敏朗

川地貴裕

藤本義一

世良田顕一

増田忠俊

ドリブラーとして日本代表にもなりました。イケメン選手でもありましたが、プレースタイルでも見るものを魅了してくれました。鹿島アントラーズの元祖ドリブラーと言えば増田忠俊です。

吉田康弘

ジーコに「後継者」と言わしめた逸材。鹿島アントラーズや清水エスパルスで活躍しました。

古賀聡

1993年のVゴールの印象が強烈に残っています。

手倉森誠

引退後はベガルタ仙台の監督や日本代表のコーチとして活躍。ただ選手時代は、パチンコに明け暮れるような選手でよくジーコに叱られていたらしいです。

カルロス

フラメンゴからジーコが引っ張ってきました。

へジス

フラメンゴからジーコが引っ張ってきました。

ミルトン

1950年代生まれは、ジーコとミルトンだけ。

城祐万

平野雅義

福井勲

江本城幸

手倉森浩

手倉森誠は双子の兄。

垣田健

ユースからトップ昇格した垣田裕暉のお父さん。

山本勝博

岡本賢二

武田宏治

ハッシー
コメントのない選手は、ほとんど知らない選手です。ゴメンナサイ。

1992年はレジェンド達が加入した年

鹿島アントラーズとして試合を戦い始めた記念すべき1992年。当然ながらたくさんの選手たちが鹿島アントラーズに入団しています。

ジーコ・本田・黒崎・長谷川・石井などなど、初期の鹿島アントラーズを支えてくれたレジェンド達の名前がずらりと並びます。

ベガルタの監督で有名な手倉森も、1992年当時は鹿島アントラーズの選手だったんですね。正直、知りませんでした.........。

ここから鹿島アントラーズの歴史が始まっていったと考えると、感慨深いものがあります。

今の鹿島アントラーズがあるのは先代たちのおかげでもあるわけです。

もちろん1992年に加入した中で、今は誰一人として現役選手はいません。でもこの人たちの功績は大きいと思います。

海外に比べて歴史が浅いクラブの「鹿島アントラーズ」ですが、こうしてみると鹿島アントラーズにも濃い歴史があることに気付かされます。

ハッシー
ジーコから始まった鹿島アントラーズ。これから100年200年と歴史を作っていってほしい!
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